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このサイトは、「真実が何かを知りたい」という方を対象にしています。宗教ではなく、現実と事実に基づいた真実です。宗教と真実の違いはひとつ。宗教は人が選ぶもの。真実は神、つまり私たちをつくった創造者が私たちを選び、“信じる心”を与えるものです。選ばれた人がえらいというわけではありません。それぞれが、それぞれのタイミングや方法によって救われ、最終的に私たちのすべてが、いつの世かで救われるからです。
宗教は私たちを変えることはできませんが(一見変えたように見えても、根本解決ではない)、真実は私たちを変える力をもっています。なぜなら、宗教は人間が自分の都合に合わせて作ったもので、真実は人間やすべてのものを創った神が、創ったものだからです。神がすべてをコントロールしているというのは「事実」です。そしてすべては、「自分自身の本当の姿」と「自分の罪」という本質に、正直に向き合うことから始まります。
「私はこれまで自分の人生を精一杯がんばってきたけど、もっと何かあるはずだ。何かが欠けている」というあなた。いくら成功しても、いくら仕事をしても、いくら旅行をしても、いくらいい家族があっても、いくら人を愛し愛されても、その欠けている穴を埋めることにはなりません。満足は、神様によってのみです。神の力と神が与える信じる心を通してしか、この人生の本当の意味と満足を得ることはできないのです。
聖書には次のように書かれています。 「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」。(ヨハネによる福音書 / 8章 32節) 「だから、もし子(イエス・キリスト)があなたたちを自由にすれば、あなたたちは本当に自由になる」。(ヨハネによる福音書 / 8章 36節)
真実は間違いなく、あなたの人生をがらりと変えてしまいます。
ご意見、ご感想、ご質問を、是非お寄せください。 Eメール(日本語可):Mark & Mariko Benson
翻訳者:マーク&万里子 ベンソン
日本語で現在閲覧可能なエッセイ(下記のタイトルをクリックしてください)
日本語訳はまだ始まったばかりです。でき次第ウェブサイトに載せていきますので、首を長くしてお待ちください。
私たちについて About Us このセクションには、私たちが神を信じるようになるまでの歩みが書かれています。
ビクター・ハフィチャックの証言:どのように神を信じるようになったか
神は、ひとつの人生を捕まえ、彼のものとしました。それによって、ほかの人々の人生も神のものとなり得るために。・・・
ポール・コーヘンの証言:どのように神を信じるようになったか
神はどこからともなく現れ、神を信じなかったあるユダヤ人に、神が本物であることを見せ、ビクターと会わせました。やがて彼が神を信じる心のうちに、神に召されて神の使命を果たし、ビクターとひとつとなるために。・・・
マーク・ベンソンの証言:どのように神を信じるようになったか
そんな彼にもかかわらず、神を信じるひとりの若い男に神の宝庫は開かれました。この話は、神を信じる人や、これから神に従うことになる人々の誰もが通る道、つまり、私たちの中に神の性質が宿っていく過程が描かれています。
万里子・ベンソンの証言:神様がくれたこと
充実した人生を送っていたけれど、何かが足りないと感じていた彼女の人生を変えたものとは?彼女の個人的な経験談が赤裸々に書かれていますが、プライベイトの暴露が執筆者の意図ではありません。彼女の願いは、神様が彼女の人生に行ったことを人々に伝えることのみです。自分の力で達成したというプライドの誇示ではなく、明らかに神によって成し遂げられたことへの感謝は、読者に希望を与えます。
>>そのほかの人の証言については「私たちについて(英語)」セクションへ
嘘に立ち向かう:ある日、たまたま「ハーベスト・ヘイブン」を日本語で検索してみると、驚くほどの憎しみがこめられた“2チャンネル”風(裏情報的なコメントを貼り付ける掲示板)のサイトを見つけました。読んでみると、そこには、私たちの農場「ハーベスト・ヘイブン」の悪口が大量に書き込まれていました。「有機農法カルト」という名の下、はじめはやさしい顔をして近づきつつ、最終的には心とお金を蝕むのがねらいのカルトであるとのことでした。
私たちにはこれを書いたのが誰だかすぐにわかりました。そして、彼女がなぜこのように公共のネット上で私たちを中傷する嘘を書き並べているのかもわかりました。そもそも、彼女は18年前、マークとの個人的な恋愛の過程で真実をきき、彼女の助けにもなっていました。しかし、マークが、二人の関係を続けることが神様の意志かどうかを問わずに、ロマンティックな関係を進めることは、もしそれが神様の意思でなかった場合(というよりはむしろ、それが神様の意思ではなかったと気づいた後)、このまま進んでいったらその先どれだけの害が二人に生じるかということを悩んだ末、「友達でいよう」と彼女に言ったことで、彼女は最初、同意したようでしたが、最終的には、彼女の中に苦い気持ちが残りました。
マークと別れた後も、彼女は神を知ることを続けたいと言っていましたが、結局、神様の意思に沿って生きるのではなく自分勝手に生きる方を選びました。彼女がそれをできなかったことを、誰も責めていません。神が与えない限り、神に従うことはできないからです。しかしマークとの関係をあきらめきれなかった彼女は、二人が別れることの理由となったマークの信仰、マークの信仰の父親的存在であるビクター、そして真実に対し、「批判」を始めました。真実を受け入れなかった理由を、自分の中で正当化する必要があったからです。その後も彼女は、私たちに対して、欺きの行動を重ねました。
18年間経った今でも、彼女はくやしさや憎しみが捨てきれず、心は落ち着かないままです。真実に出会ったからこそ、だから忘れられないのです。実際に訪れたこともない「ハーベスト・ヘイブン」をターゲットに、想像の世界に入り込んでしまいました。彼女は、私たちと対話することも避けています。現実と神の両方に向き合うことができないため、彼女には自由もなく、平和もないのです。
そして最終的には、彼女が他の人々に警告する、まさにそのこと自体、つまり“マインドコントロール”を、読む人たちに向け、彼女自身が行うことになってしまいました。
私たちは、このような状況でさえも、神様がすべて左右していることだと信じています。そして起きていることすべてが、神様の目的があってのことです。それは彼女のためであり、私たちのためであり、これを読む皆さんのためであるかもしれません。
私たちはそのサイトを通し、彼女にコメントを出しました(コメント内容へのリンク)。しかし、彼女がその掲示板の管理人であるため、もちろん即日私たちのコメントのみ削除されてしまいました(このリンクをクリックしていただければ、私たちがコメントした64-68のコメントは、そこだけ連番でないので、削除されているのがわかります)。
彼女は私たちに意見をされても反論できないため、私たちのコメントのみを削除しました(私たち側には彼女と公の場での議論を避けるつもりはなく、彼女に主張があれば、本サイトでもそのやりとりを公開・掲載することを拒まないつもりです)。もし彼女の批判により、私たちに悔い改める必要があったら、私たちはそうするつもりです。
彼女は、私たちを名指しで批判はしていますが、自らの名前は公表していません(ニックネームはNO NAME)。他方私たちには隠すことが何もありませんので、私たちの名前は記名してあります。この二者の違いは、ただひとつ、彼女が闇の中に生きているからです。聖書にあるとおりです。
「そのさばきというのは、こうである。光が世に来ているのに、人々は光よりもやみを愛した。その行ないが悪かったからである。 悪いことをする者は光を憎み、その行ないが明るみに出されることを恐れて、光のほうに来ない。(ヨハネ書3章19-20節)」
彼女はこの掲示板サイトの中で複数役を演じており、幻想の中での危険で矛盾だらけの作り話を繰り返しています。ここで目にするのは、憎しみや許せない気持ちが人間に与える害の恐ろしさです。私たちは、悪口を言い合うことには興味がありません。彼女に真実に気づいて欲しい、それが私たちの唯一の願いです。神や、ビクター、私たちへの非難は、彼女自身を苦しめ、読む人々を迷わせるだけです。
たとえどんな理由(彼女が育ってきた環境や、過去のトラウマなど)があったとしても、悪を実行することを正当化できる権利は誰にもありません。
私たちは、真実のため、正面から立ち向かいます(「インターネット掲示板でのハーベスト・ヘイブンに対する悪質な書き込みに対するコメント」を読む)。
ご意見やご質問は、下記のアドレスまで。 Mark & Mariko Benson
平和に関心のある日本の皆様へ:日本はいわゆる“平和国家”であるため、イスラエルによるガザでの空爆への倫理性を問う人が多いです。しかし、考えてみてください。もしあなたが、わき腹を棒で殴られ、蹴られ、脳みそが飛び出すまで攻撃され、銃で撃たれる状況に置かれたら?そしてあなたの身近な人にも同じことが起こり、あなたの家族や愛する人が次々に殺されていったら?あなたの国に誰かが襲ってきて、すべての人々を打ちのめし始めたら?そして相手はあなたの仲間が皆殺しになるまで、それをやめません。敵は、たとえ自分が死んでも構わず、相手が死ぬまでその行為をやめない決心をもっています。もし、あなたが戦うことでそれが止められるかもしれなかったら、あなたは戦いますか?相手を殺しますか?それは私たち日本人がいう“殺人”、“犯罪”、そして私たちの一番嫌いな、“戦争”ではないですか?
日本人は、「悪いのは“戦争だ”」と悪者を一般化することで逃げ道をつくり、うわべの平和を好みます。もちろん戦争は決して好ましいものではありません。しかし、イスラエルでの状況は、イスラエルが好んで攻撃しているのではなく、ガザがイスラエルに挑んでいる状態です。戦わなければならない状況の中、せめてできることは、できる限り“倫理的な姿勢”で戦うことではないでしょうか。たったひとつの事実は、ユダヤ人が武器を捨て何もしなかったら、ユダヤは全滅するということ。また、パレスチナと周りのアラブの国たちが、武器をすべて捨てたら、・・・平和になるということ。イスラエルは、自分の領土を拡大することに興味はありません。事実、イスラエルは、平和になることを願いつつ、自らの領土を少しずつ減らし、彼らに与えてきたのです。
イスラム教の目的は、全世界をイスラム教に変えることです。信仰が変わらない人は、死ぬか、イスラムの奴隷になるかしか選択肢がありません。7世紀、中東でのイスラムによる侵略拡大は、その考えのもとで行われました。現在のパレスチナの地域にイスラムが初めて入ってきた根本は、暴力によるものです。その侵略以前に、アラブ人はパレスチナ地域にはいませんでした。パレスチナはいつ、どうやって、アラブのための国となったのでしょう?また、誰から奪った国なのでしょう?
もともとイスラエルだった国が、ローマの侵略によりイスラエルでなくなった時から1300年間、ユダヤ人はいろんな国で差別され、殺されてきました。1948年、ようやく国際連合の意志により、もともと自分の国であった土地をとり戻しました。やっと、1300年間ぶりでユダヤ人が避難できる国ができたのです。イスラエルの面積は、中東全体の1%の6分の1、つまり、たった0.166%のみ(※注)。しかも、その土地には、石油資源はなく、雨は降らず、砂漠がほとんどの厳しい自然条件です。それをイスラエルの人々は、周りのアラブの人々に攻撃されている間も、命がけで日夜を問わず一生懸命働き、驚くべき灌漑システムの導入などにより豊かな農地に変えました。
イスラエルがユダヤ人の手から離れた1300年間の間、トルコやイギリス、エジプトなどの帝国がイスラエルの土地を侵略していた間に、パレスチナの人々は、一度でも、自分たちのためにその土地が欲しいとは言いませんでした。また、そのほかの国が、パレスチナ人に「国」を与えようという考えもありませんでした。それなのに、ユダヤ人がやっとのことで国を取り戻し、避難所がやっとのことでできた途端、急に、パレスチナの人々は、その砂漠が欲しい、自分の国が欲しいというのです。そして世界の国々が、「パレスチナ難民に国を与えなければ」と言うのです。パレスチナの難民は、まわりのどのアラブの国の土地(前述のように、中東全体の約99.83%)にいっても、差別を受けることはありません。しかし、ユダヤ人が0.166%しかない面積の「イスラエル」という国以外にいけば、必ず差別に遭います。彼らは、ほかに行くところがないのです。際限なく飛んでくるミサイル、テロ、その中で自分の国を守ろうとするイスラエル人。そんな状況の中でも、できるだけ“倫理的な”行動をとろうと努力する姿勢を咎める権利が、平和ぼけの私たち日本人にあるでしょうか。
もし日本で、毎日複数のテロ事件があったり、近隣の中国や韓国からの攻撃があり、市民が毎日死んだりしていたら、日本人が韓国や中国に、“私たちは平和主義だから、仕返しはやめよう”という忍耐強い反応をできるでしょうか?オウム真理教や、北朝鮮問題であれだけ大騒ぎする日本は、イスラエル以上の行動をとるはずです。成田空港で、外国人ひとりひとりの指紋をとり、外国人移民をほとんど受け入れない閉鎖的な日本。これほどまでに必死に自らの国を危険から守ることを目指している日本が、なぜイスラエルが国境を守ろうとすることに対し、批判ができるのでしょう。大きな矛盾です。
下記の記事にあるように、イスラエル側はパレスチナ側に、爆弾を予告するなどして、なるべく一般人の死者を出さない努力をしています。自分たち自身の立場を不利にすることがわかっているのに、敵への事前予告メッセージをわざわざ送る理由は、倫理性を重んじるほかには、あり得ません。下記の記事を読んで、是非みなさんのご感想をお聞かせください。
ワシントンポスト紙に書かれた、チャールズ・クラウトハマー氏(Charles Krauthammer)の「ガザ地区における倫理観の明暗("Moral Clarity in Gaza")」:ガザで起きていることの背景について、日本のマスコミではあまり触れられていない事実を述べています。
※注)イスラエルをめぐる中東情勢をわかりやすくビデオ化したもの「中東で本当に何が起きたか」(英語のみ)からの引用。アラブとイスラエルの対立の歴史が10分間でよくまとめられています。ビデオを見るには左のアイコンをクリックしてください。
エッセイ Teachings
神に従うこと:神を求める人に、よいことで、与えられないことはありません。では、神を求める人とはどんな人のことでしょうか。神に対し、すべてのことで神の望むことをきく姿勢があり、従う気持ちがある人のことです。では、何に従うのか。従うことには3つのレベルがあり、それらは人生のすべての場面を網羅しています。従う意味が何であり、また、どのように従うべきなのかが、書かれています。
聖なる水:もしあなたが人に言えない病気をもっているとしたら、病気が治るのを待ってから病院に行こうとするでしょうか。神様へ向かうときも同じです。自分を正してから神に向かうのではなく、自分に助けが必要だからこそ、神に向かうのです。神様の聖なる水によって、身を清めることについて書かれたエッセイです。
>>そのほかのエッセイは「真実の教え(英語)」セクションへ
間違いだらけのクリスチャン Falsehood Exposed
クリスマス、それは悪魔の欺き:クリスマスの起源を知っていますか?クリスマスと、聖書や真のキリスト教とは、実は、全く関係がありません。特に、自らをクリスチャンと呼ぶ人々、または神の言葉を広める立場であるのに、クリスマスを祝う方々に読んで欲しいエッセイです。
>> そのほかのエッセイは「偽りを暴く(英語)」セクションへ
手紙からの教訓 Letters
日本の新フッタライト教への手紙:フッタライト教団はヨーロッパ発祥のキリスト教の一派。1500年代頃から、ヨーロッパでこの宗教団体への差別があり、大多数がロシアに移民しました。その後、ロシアでも差別が起き、1800年代の終わりに渡米しましたが、第一次世界大戦中の徴兵を拒否したため、アメリカでも差別を受けることになり、1918年からカナダに渡り始めました。
私たちが住むカナダのアルバータ州はフッタライト教団の主な居留地のひとつ。彼らは肉体の欲を抑制するために黒い服を身にまとい、集団生活をしています。驚くべきことに、日本にもフッタライト派として共同生活をしている人々がおり、私たちはカナダでそのリーダーらと出会うきっかけを得ました。私たちは彼らと、神様と真実についての話し合いをもち、彼らがカナダに住むフッタライト教徒たちのように、宗教の形だけに固執するのではなく、真の真実を探す心をもっている気がしました。この手紙は、その後2008年に私たちが日本を訪れた際、西那須の集団農場まで彼らに会いに行った経験から書かれたものです。
この手紙のメッセージは、「宗教」というものの矛盾さを訴える点で、これはどんな宗教団体にもあてはまる内容です。誰もが答えを探すとき、自分からは遠い、外の世界に答えを見出そうとしますが、実はそれはいつも自分の近くにあり、ただ皆そのことに気がつきたくないだけなのです。神様の前で、自分の矛盾と罪に向かい合い、受け入れ入ることが答えの発見への始まりです。
音楽 Music
「真実の道(The Path of Truth)」の歌を聴くにはここをクリック 「真実の道(The Path of Truth)」の歌詞と日本語訳はここをクリック
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